2024/05/10 13:38
読書と書店めぐりが趣味の私。常日頃から旅行のガイドブックを除きスイス関連の書籍が少ないことを寂しく思っていたところ、ある書店で偶然本書に出会い、思わずその場で小さく拍手してしまいました👏
著者の長坂道子さんは、ファッション誌「25ans(ヴァンサンカン)」の編集を経て88年渡仏。7年間のパリ滞在中より、フリーのジャーナリスト、エッセイストとして雑誌などに多数、記事を発表。ペンシルベニア、ロンドン、チューリッヒ、ジュネーヴと移住し、現在はチューリッヒ在住で、本書は長坂さんがチューリッヒのとある合唱団に入団し、そこでの4年間の活動を通して見つめたスイスという国についての考察、スイス人の気質や文化について、更には自身が長年暮らしているスイスでの個人的な苦悩や葛藤、そこから自分の居場所を見つけ、「ようやくスイスと握手できるようになった」ところまで率直に書かれており、読み応えがあります。
2000年代前半、『25ans』に寄稿された長坂さんのエッセイのファンである私は、本書を手に取り感慨ひとしおでした。
「ドイツ人が話すドイツ語を私たちは理解できるけど、私たちが話すスイスアルモン(スイスドイツ語)をドイツ人は理解できない。」その昔、私が初めてスイス人のペンフレンドにスイスで会った時にそう聞いて驚き、「何だろう、スイスのドイツ語は日本語でいう方言のようなものなのだろうか」と長年謎に思っていたのですが、本書を読んでその謎もスッキリ解決。
長坂さんによると、ドイツで話されるドイツ語(ハイジャーマン)とスイスドイツ語は文法も語彙も発音も違い、方言といって済ませるにはあまりにも違いすぎる言語だそうです。日常会話はスイスドイツ語であるにもかかわらず、スイスのドイツ語圏の学校の授業は原則としてハイジャーマンで行われ、数学の論証問題も成績表も皆ハイジャーマンとのこと‼
何でそんなことが可能なのでしょうね。私は会話を全く理解できないのですが、スイスドイツ語のまるで歌っているかのような、途切れなくなめらかに続く言葉の響き、ハイジャーマンとはまた異なる優しいイントネーションが好きです。
「夫が月・水・金曜日、妻が火・木曜日に働いて、それぞれが休みの日に子育てと家事を分担しているよ。」
まだ子どもが幼い頃、仕事と子育ての両立に悩んでいた私がペンフレンドに「あなたは毎日どうしてる?」と尋ねたところそう返事がきて、スイスには何て羨ましい制度があるのだろう‼と単純に思ったものでしたが、本書によると「あまり知られていないが、スイスは女性の有給育児休暇導入が先進国中、最も遅かった」そうで、導入されたのは2005年だそうです。
そして、半数近くの女性がパートタイムで働いているとのこと。その背景には「育児は女性の仕事」という意識が根強いという事情があると書かれています。あれれ、どこかの国と状況が似ているような…。スイスは連邦制の国なので、もちろん州によって事情が異なる部分もあるかもしれません。ペンフレンドは夫婦揃って教師なので、一般の会社員とは何か制度が異なるのでしょうか。まだまだ私が知らないスイス事情がたくさんあると思いました。
本書には嬉しいことに、美味しいモノがたくさん登場します。レモンミント味ののど飴、冷製サーモン、野菜スティック、チーズケーキ、クスクスサラダ、レモンとメイプルシロップの人参サラダ、カヌレ、ツナの巻き寿司、アプリコットケーキ……
森を散歩した後で、ハウスコンサートの後で、合唱の打ち上げの会で、ワイン片手に過ごすひととき。皆さまも美味しいスイスワインを飲みながら本書を読んで、スイスの美しい山々や湖に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。教会音楽を中心に、ブラームス、ドヴォルザーク、最後にはビートルズまで合唱。タイトル通り歌声が聴こえてくるような素敵なエッセイです。
長坂道子著『アルプスでこぼこ合唱団』
株式会社KADOKAWA発行 定価:本体1,700円(税別)